族長の秋の感想


先日、ガブリエル・ガルシア=マルケスの「族長の秋」を読み終わったのでその感想を書いていきます。

族長の秋とは、「百年の孤独」で有名なガブリエル・ガルシア=マルケスの長編小説です。 繁栄を極めたある大統領の晩年を書いた小説ということなんですが、この一見ありきたりなあらすじからは想像もつかない内容です。 まず、段落が存在しないことに圧倒されました。 「百年の孤独」でもそのようなシーンはありましたが、章の区切りのような(厳密には章ではないのですが)改行が6つあるだけで、ひたすら文章が続くのには驚かされました。
でも、読み辛くないのが不思議です。一つの文章で、つまり句点が来る前に視点が変わったりするのですが、それもすんなり読めてしまうのがすごいです。 圧倒的文章力と言ったところでしょうか。
個人的には「百年の孤独」の滅茶苦茶さやキャラクター性の方が好きでしたが、「族長の秋」には文章の心地良さ的な楽しさはありました。 活字中毒の方にはおすすめの本なんでしょう。

ここからがネタバレを含む感想です。(この本でネタバレも何もあんまりありませんが…。)
個人的にはこの本の主人公は感情移入もできないし、そんなに魅力的に感じなかったのが、「百年の孤独」の方が好きと感じた所なのですが、 それでも好きなシーンはあります。
それは、主人公の恋愛絡みです。ずっと権力に取りつかれていて、幸せなんだか不幸なんだか分からない状態で残虐なことばかりやっている男が、 恋に振り回されている姿が、楽しい気持ちにさせてくれました。
マヌエラ・サンチェスが月食中に消えちゃうのは意味が分かりませんが、いい大人が指も触れないほど好きになっちゃって、その後に手を握れたら舞い上がっちゃうのなんて、 そこまでの偏屈独裁男のイメージと比べて魅力の固まりです。
その後、レティシア・ナサレノは完全に尻に敷かれていながらも、幸せそうで、せめて子供だけでも幸せにと思いながら読んでいました。 強い男が女には弱いってのがなかなかいいですし、それで幸せならなおさらいいです。 ただ、結局死んだから辛いです。なんで作者はこんなに主人公に酷いことばかりするんだろう。

この本は、大統領の晩年ということもあり、権力しか残っていない悲しい感じがずっと続き、それが残虐な結果ばかり生んでしまうので、暗い本になっていました。 繁栄があったからこそ、100才を越えるまで権力にしがみ付けたのですが、結果としてそれが晩年の残虐さに繋がっていると思うと辛いものがあります。
結局、最後は権力の虚飾のみ残り、大統領が死んだあとの闘争を避けるために生かされているだけの存在になってしまう、というのは皮肉にも程があります。

じゃあ権力よりも愛が大切なの、と言うとそうでもないのが難しいですよね。本では、大統領の側に愛がないと言っているだけで、大切とは言ってないですし。 まぁ、大統領は最後愛を求めていたのですが。
話は逸れますが、森鴎外の「雁」では生きる意味か愛かの選択の話です。能力があるからこその葛藤ですし、それが両立しないことを書ききっています。 生きる意味と愛の両立というのはずっとある恒久的なテーマの一つでもあります。 実際、現代でも仕事ばかりして家庭をおざなりにするみたいな話はよくあります。 人生で何を成すかと、人生でどれだけ幸せでいるかは天秤にかけられがちです。 そして、何かを成すことを人生の意義とした場合、どうしても機械的な人間になってしまいます。 それを割り切って選択していることは本人には分かっているはずです。だからこそ愛が一番大切なんて、人によっては戯言にしか感じないはずです。
大切なものは人それぞれでいいと思います。 この本の主人公も大統領という権力が何よりも大切で、それに固執していただけです。それはそれでいいのです。 ただ、権力があれば幸せも手に入る、と思っての行動が虚しい行動でしたし、 最後はその権力すらも虚飾になってしまったのが、悲しい本だなという感想です。